Sweet sweet  〜 新緑光る 続き

        *YUN様砂幻様のところで連載されておいでの
         789女子高生設定をお借りしました。
 


       




 本当だったなら、午前を休みにする土曜にでも 久蔵が一人で…練習といいましょか、腕試し、もとえ腕慣らしにと八百萬屋へ来る予定だったそれ。六月に入ってすぐだという、あの兵庫せんせいの誕生日祝いに贈るため、

  手作りマドレーヌを焼こう、何だったらロールケーキにも挑戦しちゃおう

という、その予行演習をと構えていたのだが。

 『だって勘兵衛様、甘いものはあんまり好きじゃないと思ってたらサ、
  ホントは回転焼きとかメロンパンとかシュークリームとか、
  自分で買うこともあるほど食べる方だって判ったの』

 様々な苦難を受け入れ、辛い選択を山ほど乗り越えることで、人としての尋の深さをその身に蓄えましたと。そんな蓄積を語らずとも窺わせるような、深色の眼差しや彫の深い面差しは、顎のお髭もうっそりと伸ばした蓬髪も風情があって似合うほどに精悍で。いかにも男臭いそんな風貌や、相変わらずにお酒がお強く、肴
(あて)はあんまり多く食べるほうではないところをもって、てっきり辛党一辺倒だと思っていたのに。そういえば、ご自宅へは いつお邪魔しても何かしら甘いものの菓子折りがあって、食べなさいと差し出されていたし。

 『あの風体とあのお年で、
  ティラミスもマカロンもタピオカも、すっかりの全部御存知だったし。』

 『シチさん、シチさん。』

 別に幻滅はしなかったけれどと言いつつも。体育の授業中、白い拳をぐっと握り込み、何で前もって教えておいてくれなんだんだと、ここにはいない辣腕警部補への恨み節を紡いでそして。何の罪もないクラスメートたちがきゃあひゃあと逃げ惑うコートへ向けて、何本もの殺人スパイクを(あ、試合形式でのバレーボールだったらしいです)打ち込み続けた、金髪碧眼の聖女様。そうならそれでと来ての一念発起。酒の肴しか作れないと思われてるらしいから、アタシもマドレーヌやロールケーキを焼いて、それを持ってってビックリさせてやるんだ…と。息巻いた七郎次までもが参加することとなってしまい、ロールケーキも焼くのなら、やはり今日から数日掛けての練習に入った方が良いと話もまとまって。学校帰りのその途中、彼女らが通う女学園の裏手に位置する 古民家風の甘味処へ、3人揃ってのお邪魔と相成った。ここへの寄り道はもはや日常茶飯事なのだけど、今日のそれはいつものとは違う。久蔵はあくまでも“週末に”と言っていたもの、それを“たったの1度じゃあ勘も戻るまい”と五郎兵衛が案じてやり、そこへ平八が“ロールケーキはどうすんですか?”と唐突に訊いたのが今朝のやりとりで。

 『マドレーヌとロールケーキってそんなに違うの?』

 形が違うだけじゃあないの?と、ある意味での爆弾発言をしたのが七郎次ならば。おやまあ、基本からして足りてないようですよこの人はと、五郎兵衛が商売物をあれこれ作るの見ていて知っている平八が苦笑をし、

 『………。////////』

 知らないことがあるシチって何か可愛いぞと思うたか、雪のようなその頬をうっすら赤らめた久蔵だったのはさておいて。

 『……林田、お主どんだけ胸がデカいのだ。』
 『えー?』
 『アタシのも何か大きいよぉ?』
 『それはわたしにも大きいサイズのなんですって。』

 制服姿で取り掛かっては、粉だのクリームだので汚してしまおう。ちょっと掛かっただけでも濃色なので目立つからと、自分も着替えるつもりの平八がクロゼットを漁ってお友達の分もと取り出した、部屋着らしいアンサンブルやTシャツだったのだけれども。胸元へアフリカアート調のタッチで動物が描かれたロングTシャツといい、フードつきのブルゾン風、パステルカラーのスェットの上下といい、胸の厚みが足りないが故にだろ、久蔵も七郎次も、その襟ぐりが…目には毒なほど白い鎖骨を見せる辺りまでずり落ちており。

 『だって、お二人とも背丈がおありでしょ?
  わたしが普段着ているのをお貸ししたら、袖がつんつるてんなんじゃないかと。』

 そうと思っての配慮ですようと、人差し指を立てての鹿爪らしくも言ってのけた平八だったが、

 『何言ってるの、どうせ腕まくりしちゃうのに。』

 アタシたち台所仕事しに来たんだよ? 袖の長さが足りないのなんて、最初から問題にはならないでしょうがと。七郎次に言われてやっと、あっと合点がいったらしい。ポンと拳で手のひら叩くと、

 『あ、そっかそっか。じゃあ中学生時代のでも間に合うかな。』

 そんな言い回しを残して、再びクロゼットへと向き直った誰かさんの無防備な背中へ向けて、音もなく忍び寄る 赤い陰一つ。

 『〜〜〜〜。』
 『…久蔵、それっくらいでホウキ振りかざすほど怒らないの。』

 ツッコミどころがいっぱいな、女子高生漫才もそのくらいにして。
(笑) すっかりと着替えた三人がキャワキャワと向かった先は、片山さんチのキッチンで。お店に出すあれこれを作るための厨房も兼ねているので結構広く、器具や道具も本格的で大ぶりなものが多かったけれど、

 『基本的なところは、家庭用の台所ですることと何ら変わりはない筈だ。』

 そう、ちょっと泡立て器やボウルが大きかったり、オーブンが業務用だってだけのこと。温度設定を間違えなきゃあ、家庭用のオーブンでだって、さして変わらぬ手際であたれるのでと。お客様が見えての店舗のほうも忙しくなる時間帯、付きっきりという訳にも行かぬ五郎兵衛殿。一応の基本レシピを、拡大コピーしクリアファイルへ入れて、テレビ番組のフリップですかというほど見やすいそれへ仕立てておいて下さったので。それを調理台へと置いての首っぴき。3人がかりで取り掛かることとなった焼き菓子作りであり、

 「…う〜ん。」

 えっと、まずは材料を計ることから始めましょう、か。小麦粉とベーキングパウダーと、砂糖に卵に、バターは湯煎で溶かしておいて。蜂蜜は…っと、これかな? あ・そうか、カップでの何ccとかじゃなくて何g単位だから秤りで計るんだよ、キュウゾウ。ヘイさん、バターお願い出来ますか? え? なに?キュウゾウ。自分ひとりでやんなきゃ意味がない? あ、狡いんだ、アタシにも練習させてくださいよう。そうそう、思い出してくれましたか、アタシへの手ほどきも して下さらにゃあ困ります。


 ■型には金属の板へ6つほど貝殻の形に凹みを刻んだものを使いますが、
  そういう本格的な型がなくとも、カップケーキ用の丸いのでも可。
  金属のものは焼き上がったらすぐ外さないと、
  冷めてからだとするんと外れませんので要注意。
  バターを塗って小麦粉を薄くはたいて準備しておきましょう。
  アルミ箔のものやクッキング用の紙のカップでも構いません。

 ■材料には、玉子2個、砂糖 70g、小麦粉(薄力粉)90g、
  ベイキングパウダー小さじ 1/2強、バター 90g、はちみつ 10g
  バニラエッセンス少々 (10〜12個相当)

 ■小麦粉とベイキングパウダーを計り、混ぜ合わせてよーくふるいます。
  何だったら2、3度繰り返してふるうといい。
  それと並行して、バターも湯煎で溶かしておきます。


 「………。」
 「? どしました? ヘイさん。」

 埃が入らぬようにという用心のためか、窓も開け放ってはないのだけれど。それでも外は随分といいお日和で明るいものだから。スズカケだろか梢の揺れる影をぼんやりと映す、曇りガラス越しの淡い明るさが室内へは満ちており。そんな中にて、デザインもまちまちのエプロンをそれぞれにまとった少女たちが。他愛のないお話を交えつつ、時折ささいなことへ弾けるように笑ったりしつつ。銀のボウルを抱え、漉し器をふるい、赤銅の片手鍋にバターを溶か……していたのだが。湯煎を担当していた平八が、ふとその手を止めたのへ気がついて。直火へかけているでなし、焦がす心配はなかろうけれど、どこかほわんとしたお顔になったのが何とも唐突だったので。さては熱に中(あた)ったかと案じたところ、いやまだ室温はさほど上がってませんてと当の本人から突っ込まれ、

 「いえなにね。
  シチさんもキュウゾウ殿も、
  自分がモテ子だって自覚はないんじゃありませんか?」

 「???」
 「何ですよう、それって。」

 思えば日中のほとんどを、女学園という女子の苑にいる彼女らで。七郎次は剣道部の部長さんだし、久蔵の方は方で、割と有名どころのバレエ団のホープと目されている関係から、特に毎日通わずともよしという、顧問の先生からの免罪符つき(?)でのコーラス部の伴奏係で。それで…という言いようはあまりに短絡的かも知れぬが、それでもね。あんまり殿方のいる場に身を置かないのは確かだし、それとも既に意中のお人がいるためか、

 「無防備が過ぎます、二人とも。」

 日頃だってそういえば、特にアピールしてる訳でもない、ただ可愛いカッコがしたいだけでしょうけれど。だっていうのに、お二人が選ぶ街着の可愛らしさや色香でもって、意識してもない男性諸氏の眸を、どんだけ惹いてるか御存知か…と。妙なことへの今更な熱弁を振るう平八だったりし。

 「今だって、
  可憐なエプロン姿でこんな大きいボウルを抱えてるところとか、
  無心に泡立て器を掻き回す横顔だとか、
  殿方が見たら視線が外せなくなって卒倒しかねぬ愛らしさ。
  …キュウゾウ殿、そろそろ小麦粉の残りを投入して下さい。」


 ■まずは、ボウルに玉子を割りいれて、
  軽くほぐしたら砂糖を加え、泡立て器でよく掻き混ぜます。
  嵩が倍ほどになるまで、7、8分ほど掻き混ぜたら、
  バニラエッセンスを加え、小麦粉を3、4回に分けて入れ、
  木じゃくしでさっくりと混ぜ合わせます。

 ■タネがよく混ざって馴染んだら、
  溶かしバターを入れ、蜂蜜を加え、泡立て器で掻き混ぜて。
  仕上がったタネは、30分ほど冷蔵庫に入れて寝かせます。


 こちらをぼんやり見つめてそれから、いきなり何を滔々とまくし立てたかと思いきや。

 「ヘイさん、それって何か親父くさい。」
 「…、…。(頷、頷)」

 もしくは、今時には珍しいタイプの純情青年の“女子はかくあるべき”みたいな演説ぽいぞと。それこそわざとらしくも目許を眇めたのが七郎次ならば、

 「対岸の火事ではないぞ。」
 「…キュウゾウ、それって引用がおかしい。」

 他人事じゃあないぞと言いたいらしいのが判ればこそ、おいおいというツッコミを入れた七郎次にしても、

 「ヘイさんだって、判ってますか?」
 「? 何がです?」
 「だから。お店のお手伝いの手が空くと、
  ここの裏手の原っぱで、
  近所の坊やたちとキャッチボールとかしてるでしょうが。」
 「はい。」

 でもそれって、大概はお二人のいないときの話ですのに、よく御存知でしたね。ええまあね…との会話と並行して、冷蔵庫へタネを収めつつ、次はとレシピを覗き込んだ三人娘だったが。

 「だって、それって結構知られてるんですもの。」
 「……………え?」
 「…、…。(頷、頷)」

 そりゃあ溌剌とした童顔のお嬢さんが、坊やたちに混ざってボール遊びしているぞって。柔らかそうな頬っぺとか、サラッサラの明るい髪とか、

 「あと、小柄なのに随分と胸が大きいこととかまで、
  ここいらを通る青少年には結構知られてるみたいですのに。」

 「…っ☆」

 ヘイさんのお耳に入ってないということは、ゴロさんが手を回して片っ端から排除してでもいるんでしょうかねぇ、と。七郎次が くすすと笑い、そろそろオーブンの予熱の準備にかからねばと、そちらへ向かった久蔵が、お背
(おせな)を向けたまま細っこい肩の上にて小首を傾げたが。

 「でもだって。あのえと…。////////」

 平八本人はそれどころじゃあない。だって自分は、ずっとずっと根アカなお祭り人間ってことでしか、形容されたことがないし。男子からの注目だなんて、そんなの縁がなかったし…。かぁっと頬染めてのやや俯くと、仔猫のプリントが胸元で笑う、帆布のエプロンの膝近く、降ろしてた手でぎゅうと握り込んでしまった挙動不審っぷりに、

 「なぁんだ、ヘイさんが一番 自覚が薄いんじゃない。」

 人のことばっか眺めて楽しんでて、
 それで忙しいのか肝心なこと判ってないんだから。
 ホントにホントに、どんなに可愛いか。

 「頬だってすべすべだし、暖かい手はおむすび握るのがずんとお上手で。」

 すぼめられた肩へと七郎次の白い手が載り、いつの間に戻って来たものか、反対側には久蔵の手が。ぎょっとして見開かれた双眸が左右の友を交互に見やれば。深みのある金の瞳に淡い光がゆらゆら泳いで、さながらトパーズのようなのへ、

 「ほら可愛いvv」
 「……♪(頷、頷)」

 でもまあ、ヘイさんとしちゃあ、愛でてくれるお人は一人で十分ってか?と。青玻璃の瞳が悪戯っぽく笑い、紅色の双眸の君は君で“んん?”と…こっちは妙に真摯なまんま、覗き込むよな目顔で訊いて来るもんだから、

 「し、知りませんたらっ。////////」

 それよりオーブンです、温め過ぎたら焦がしますよっ。やぁ〜ん、照れ隠しでケーキにあたらなくたってvv シチさん、あのねぇっ。///////// すったもんだの初日はこうして、結構なにぎやかさにて過ぎてったのでありましたvv


 ■オーブンは使う15分ほど前から、180度にセットして温めておき、
  タネを用意してあった型へと流し込みます。
  焼くと膨らむことを考慮して、八分目くらいの深さまで。


 ■180度のオーブンで、15〜20分焼きます。
  最初にも言いましたが、金属の型を使った場合、
  冷めてしまうと形崩れさせずには外せませんので、
  熱いうちに注意しもって外し、
  ケーキクーラーという高さをつけた網に並べて荒熱を取りましょう。


  はい、おいしいマドレーヌの出来上がりvv




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